長谷川如是閑誕生の地
如是閑は近代日本を代表するジャーナリスト、思想家です。明治8年(1875)11月30日に、材木商山本徳治郎の次男として、深川扇町2番地(現在の木場3-16)で生まれました。明治14年に明治小学校に入学しましたが、父徳治郎が材木商をやめ、浅草の花屋敷を開業したため、浅草に移りました。その後、坪内逍遙などに学び、英吉利法律学校(現中央大学)を経て、明治35年に新聞『日本』(主筆陸羯南)に入社しました。その後、大正デモクラシー運動や、国家主義・ファシズム批判を主導し、戦後は貴族院勅選議員として新憲法の制定に携わりました。
如是閑は自伝で、幼年期に木場・浅草で育ち、逍遙やイギリス法学の学風を受けたことが、現実主義的合理主義や庶民感覚を育んだと述べています。
郵便番号 | 135-0042 |
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住所 | 木場3-16付近 |
地区 | 深川 |
所在地(所有者) | * |
登録年月日 | 2006年3月27日 |
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