東都三十三間堂旧記
東都の名所として多くの人々が訪れた深川三十三間堂(元禄11年まで浅草にあり)の堂守を代々勤めた鹿塩久右衛門家の保高が文政3年(1820)にまとめた記録です。一番から七番と附録の8編によって構成され6冊に分冊されています。内容は堂宇修復の願書など堂守の仕事に関するものが多くを占め、他には入り堀に流れ着いた男女の死体をどう処理するか、門前に捨てられた赤子をどうするかなど、鹿塩家が町名主を勤めた三十三間堂門前町屋に関するものもあります。また附録には鹿塩家の由緒書と系図が収められています。三十三間堂は明治5年(1872)に廃棄解体され、本尊の千手観音像と本文書が正覚寺に移管されました。その後、大正12年(1923)の関東大震災によって本尊は焼失しましたが、本文書は幸いにも免れて現在に至ります。本区の歴史だけでなく江戸の文化を考える上でも非常に貴重な史料といえるでしょう。
郵便番号 | 135-0033 |
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住所 | 深川2-22-5 |
地区 | 深川 |
所在地(所有者) | 正覚寺 |
登録年月日 | 1982年3月15日/2007年3月26日指定 |
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