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トップページ > S-KOTO > 早わかりKOTO CITY > 1641年~1701年頃 江戸のまちで大火相次ぐ

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更新日:2017年1月19日

ページ番号:6307

早わかりKOTO CITY

1641年~1701年頃 江戸のまちで大火相次ぐ

近世(安土桃山時代・江戸時代)

江戸市街の発展により、江戸に大火が相次ぎます。1641(寛永18)年の大火の際は府内の材木置き場が大火の一因となったため、幕府は材木置場を市街地の外に集めることとし、深川方面が選ばれました。最初に永代島(現在の佐賀、永代、福住辺り)に材木置き場ができ、その後、1701(元禄14)年に現在の木場の辺りに移転しました。木場はその後、明治維新、関東大震災、戦災を乗り越えて発展を遂げ、1982(昭和57)年の新木場移転前の材木の卸問屋は約560社、製材工場は約150社ほどを数えました。

江戸名所図会深川の木場

昭和41年当時の木場

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