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更新日:2017年1月19日

亀戸銭座跡モニュメント

平成6年3月設置

このモニュメントは、寛文8年に亀戸銭座で造られた「寛永通宝」をモデルに作成したものです。
レリーフには、「銭座絵巻」(享保13年(1728年))より銭座で行われていた銅貨製造工程のうち、平研(銅貨の表面を磨く)作業をしている図(日本銀行貨幣博物館所蔵)の絵を参考にしたものが描かれています。

江戸時代に銅銭が本格的に鋳造されたのは、寛永13年(1636年)に始まります。そのため、幕末までに造られた銅銭は全て寛永通宝と称し、「寛永通宝」の文字が打ち出されています。

亀戸銭座跡モニュメント写真

亀戸銭座跡モニュメント

寛文3年(1663年)から天和3年(1683年)まで、亀戸2丁目の住宅・都市整備公団団地のある付近で、寛永通宝銭が造られ、「亀戸銭座」と称しました。そこに、「亀戸銭座跡」の標柱が立っています。寛永通宝の裏面は無印のものが多いのですが、造られた場所の文字などが入ることがあり、この時造られた銅銭には「文」の文字が入っており、「背文銭」といわれています。

また、明和5年(1768年)にここで造られた真鍮銭には、21本の波模様があるので「波銭」といいます。明和6年(1769年)に造られた真鍮銭には、11本の波があり、その「寛永通宝」の文字は、福住に住んでいた書家三井親和の筆跡です。

亀戸銭座では、このほかにも元禄4年(1691年)、宝永5年(1708年)から正徳2年(1712年)、正徳4年(1714年)から享保3年(1718年)、元文2年(1737年)、明和2年(1765年)から4年(1767年)としばしば銅銭や鉄銭を鋳造した記録が残っています。
昭和41年に当時の日本住宅公団が住宅を建てる時に、多くの寛永通宝銭が発見されました。
(「史跡をたずねて」より)

亀戸銭座跡モニュメント 案内地図

設置場所:江東区亀戸2丁目6番地

亀戸銭座跡モニュメント 案内地図

亀戸銭座跡モニュメント 案内地図

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