城東・大島地区

最終更新日:2010年04月14日 15時46分

小名木川クローバー橋

小名木川クローバー橋
◆大島1~扇橋3間
◆都営・新宿線「西大島」、「住吉」駅 徒歩15分
 都バス 「扇橋2」 下車8分

 小名木川クローバー橋は、猿江、大島、北砂、扇橋の4つの地区を、小名木川と横十間川の合流点で結び、地域社会に快適な生活と人と文化の交流を提供できるランドマークとしての意義が深い橋として計画されました。完成は平成6年12月、歩行者と自転車専用橋です。橋の真ん中に四つ葉のクローバーが描かれていて、ロケ地としてもしばしば利用されています。

小林一茶寓居跡

愛宕神社
◆大島2-15-4 愛宕神社
◆都営・新宿線「西大島」駅 徒歩6分

 愛宕神社は、もと本所中の郷成就寺境内にあったが、寛永年間に大島に移転してきました。そのときは、いまの大島2丁目6番にあったが、大正2年6月に現在の場所に移転しました。
 一茶は、江戸後期の俳人で、宝暦13年(1763)信濃国(長野県)で生まれ、文政10年(1827)65歳で生まれ故郷で死去しました。一茶が愛宕神社に住んだのは、享和3年(1803)から文化元年(1804)10月、本所相生町に移転するまでの1年半であり、一説には、大島5にあった愛宕神社に仮住まいしていたともいわれています。
 また、同神社には、一茶の歌碑があります。

女木塚

女木塚
◆大島5-39-26 大島稲荷神社
◆都営・新宿線「大島」駅 徒歩6分

 この碑の正面には、大きく「女木塚」と記され、「秋に添て…」の句が刻まれています。この句は、芭蕉が49歳の元禄5年(1692)(一説には元禄6年ともいわれています)、小名木川に船を浮かべて、門人宅での句会で吟じたものです。
 また、この句碑は、芭蕉の没後、其日庵社中の俳人たちが、芭蕉を偲んで近くの愛宕神社に建立しましたが、戦災後、第二大島中学校を経てこの神社に移されました。その他、芭蕉ゆかりの地ということで、芭蕉像や句碑(「五月雨を~」)などが境内にあります。

塩なめ地蔵

塩なめ地蔵
◆大島8-38-32 宝塔寺
◆都営・新宿線「東大島」駅 徒歩10分

 宝塔寺の塩なめ地蔵に「いぼ」のできたものが祈願して仏前の塩をもらってくると「いぼ」が治るといわれ有名でありました。
 寺伝によると、江戸時代に石井氏が川からひろい当寺に納めたものだといわれています。江戸時代に小名木川の沿岸は、行徳との交通路であったことから、寺の前をとおる行商人が休憩の際に荷物の塩を少しずつ地蔵に供えたのが塩なめ地蔵の起源であると伝えられています。

中川船番所跡

中川船番所跡
◆大島9-1 番所橋付近
◆都営・新宿線「東大島」駅 徒歩5分

 江戸時代、小名木川が旧中川に合流するあたりに、中川船番所がありました。小名木川は、千葉、茨城、東北方面の物資を江戸に輸送する重要な河川でした。そこで、幕府は、船の取締り検問のための番所を置き、船の出入りを監視しました。
 船番所は、はじめ隅田川に近い万年橋の北詰め(現在の常盤1付近)にありましたが、寛文元年(1661)に中川に移転したと伝えられています。
 また、平成15年3月に船番所の建物を再現し、水運の歴史を紹介する『中川船番所資料館』がオープンしました。

中川船番所資料館

中川船番所資料館
◆大島9-1-15
◆TEL 03-3636-9091
◆都営・新宿線「東大島」駅 徒歩5分

 中川船番所は、「中川番所」「中川関所」とよばれ、江戸時代、幕府によって小名木川の中川口に設置された河川交通路上の関所です。(中川船番所跡)資料館では中川番所を中心に江戸時代から現代までを水運というテーマで展示・解説していきます。3階の常設・企画展示室は3つのテーマを設定しています。2階は「東京釣具博物館」から寄贈を受けた釣具を展示する釣具展示室です。1階には地域の歴史と水運関係の図書を集めた閲覧学習室があります。
●詳細情報
 関連リンク(このページ最後):公益財団法人 江東区文化コミュニティ財団ホームページを参照して下さい

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